6月9日説教「聖霊の賜物」

 過日、北海道で砂嵐が発生し、自動車が多重衝突する事故が起きた。時期的に、畑が整地され、しばらく雨も降らず、たまたま風が強かったための現象だったのだろう。それほど強風ということも無かったが事故につながった。そこで、乾燥地帯のエルサレムで「激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。」ならば、現地の人間は一体どれほどびっくりしたこと思わされた。そのせいで、隠れ引きこもっていた使徒達が、一斉に宣教の業にいそしみ始めたのだ。私たちはついつい視覚的な「炎のような舌」の記述に目を奪われるが、使徒達を突き動かした聖霊さまの力に注目したい。  昨今、中高年の引きこもりがたいへんな事件を引き起こしたり、引きこもる我が子が事件を起こすのではないかと恐れて親が無謀な行動に出たりと悲惨な事件が続いている。私たちに、具体的な対応策もなく思いあぐねてしまう。   ただ言えることは、使徒達が聖霊さまの力によって引きこもりを脱したことはとてもとても健全なことだった。その時はとても大きな力が働いたことだろう、と思える。 私たちの年代は、自己実現とか自己開示等々、「自分は一体何者であるのか」という問いに悩みながら青年期を過ごした記憶がある。その時に「私は、天地の造り主主を信じるものだ」というヨナの信仰告白に支えられた記憶がある。他にもたくさんの信仰告白がある。近年になって、それらのすべてが肯定の文だと気づいた。聖霊さまに促されていると思った。信仰は生きる力だとあらためて思った。

6月2日説教「キリストの昇天」

 使徒信条に記されているキリスト論は以下の通りである。

 主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから生まれ、ポンテオピラトのもとで苦しみを受け、十字架に付けられ、死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死人の内からよみがえり、天にのぼられました。

 この世界観では、イエスは天より降り、この世での生活を終え、よみに下り、復活を遂げ(この際、よみにいる全員を救ったとされる)、地上の役割を終え天に昇り神さまの右に座っておいでだそうだ。

 つまり、キリストは天上界、地上界、よみと三つの世界を自由に行き来できる。すべての世界の支配者である、と語られており、私たちはそれを信じている、もしくは無意識かも知れないが公言してしまっている。そんなつもりは無かったと言う方のために、付け加えておくが、もちろんこれは人の思弁が構築した世界観であり、物理的(観測可能)な世界とは異なる。重ねていうが世界観(哲学)なので堂々と主張して良いことだ。

 あらためて、教会の暦に「キリストの昇天」が暦に刻まれていることはとても大切なことと思える。このキリストの教えに従い、私たちは地上での生活を送っている。私たちは善行を積み天上界を目指しかつ隣人愛を行ってきた。これはとても良いことです。だから、これからも継続して信仰生活に励みましょう。 

5月29日の説教「信仰に報いる主」

 「信仰義認」はプロテスタントの基本的な原理です。ローマカトリックの「行為義認」に反対する用語です。何に反対したかというと「行為(献金)で義認(天国行き)」はおかしいという主張でした。とはいいながらも、行為義認そのものは、ゲルマン民族に布教する際に、「嘘をついてはいけません」等々を伝えるため、間違って嘘をついてしまった人々を、赦すために何らかの修行を課した(主の祈りを100回唱える等)が始まりでした。時代的には必要だったと思えます。しかし、行き過ぎてしまい宗教改革者から全否定を受けました。そうはいいながらも、人は信仰に基づいて良い行いをするものであり、それは勧められるものです。 福音書に登場する百人隊長の行いが褒められています。当時から敬虔な!!ユダヤ人の生活態度をすがすがしく憶え応援する異邦人も一定数以上いたと伝えられています。この隊長もその一人のようです。  当時のローマ兵は、市民であり気力も充実していました。そんな人達を100人もまとめ命を預かるぐらいの人物です。社会的な地位はずいぶんと高かったようです。その地位の高い人が、部下を思いやり、主イエスに対してへりくだっています。その姿に信仰が認めら神の力が発動しました。隣人を愛し、神を愛する姿の実例といえるのでしょう。  神さまは生きて働かれる方です。御利益を期待したり、努力不足を棚に上げることは赦されません。それでも、日々奇跡は起きています。隊長の心の置き方は見習いたいものです。

5月19日の説教「神の子の自由」

 新約聖書は、民俗宗教としてのユダヤ教から、普遍宗教のキリスト教が生み出される過程で記されています。ですから、母体としてのユダヤ教並びにこれから布教して行くであろうローマ帝国に対して、多少なりとも批判的な立場をとっていると思われます。そこで「神の子の自由」という主題から察するに、母体であるユダヤ教の律法主義からの自由(こちらは色濃く描かれる)、と軍事力に裏付けられた法治国家を標榜するローマ社会からの自由(債務奴隷や父権制社会故の女性や子どもなどの弱者、最初期の宣教の対象)と二重の意味で理解することができる。  要するに、単純に律法主義の否定ととると、法治の否定を伴い、国家に対する反逆は言い過ぎにしても、法治以前の無法社会に舞い戻ってしまう可能性もあるということです。  複雑に聞こえるが、我が国の明治維新政府が、欧米列国から憲法もない無法状態の国には、関税自主権は認められない。とされていたものを、憲法を制定し、日清日露戦争において正しく国際法を遵守して、認められてきたという歴史を無視して考えてはいけないと思う。 世界史としては法の無い地中海世界に、法治国家としてローマ帝国が作られたこと。旧約聖書的には法の無い遅れた民族と揶揄されていたイスラエルの民が十戒の付与で一人前扱いされたことを忘れてはいけないということです。 図式化してみると、無法→法による支配→愛による支配と順序を正すことができると思われます。こういう視点に立てば、法律文書に縛られ厳密に執行するよりも、法の動機となった愛を活用することで、より一層の自由を求めていることが理解できる。  法に基づいて、他者を裁くのではなく、互いに愛し合うことでよりよい社会を築きましょうというメッセージとなる。 決して法をないがしろにすることは勧められていない。