6月9日説教「聖霊の賜物」

 過日、北海道で砂嵐が発生し、自動車が多重衝突する事故が起きた。時期的に、畑が整地され、しばらく雨も降らず、たまたま風が強かったための現象だったのだろう。それほど強風ということも無かったが事故につながった。そこで、乾燥地帯のエルサレムで「激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。」ならば、現地の人間は一体どれほどびっくりしたこと思わされた。そのせいで、隠れ引きこもっていた使徒達が、一斉に宣教の業にいそしみ始めたのだ。私たちはついつい視覚的な「炎のような舌」の記述に目を奪われるが、使徒達を突き動かした聖霊さまの力に注目したい。  昨今、中高年の引きこもりがたいへんな事件を引き起こしたり、引きこもる我が子が事件を起こすのではないかと恐れて親が無謀な行動に出たりと悲惨な事件が続いている。私たちに、具体的な対応策もなく思いあぐねてしまう。   ただ言えることは、使徒達が聖霊さまの力によって引きこもりを脱したことはとてもとても健全なことだった。その時はとても大きな力が働いたことだろう、と思える。 私たちの年代は、自己実現とか自己開示等々、「自分は一体何者であるのか」という問いに悩みながら青年期を過ごした記憶がある。その時に「私は、天地の造り主主を信じるものだ」というヨナの信仰告白に支えられた記憶がある。他にもたくさんの信仰告白がある。近年になって、それらのすべてが肯定の文だと気づいた。聖霊さまに促されていると思った。信仰は生きる力だとあらためて思った。

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