10月13日「金持ちと貧者」

 近年は、金持ちの実体が変わってしまったようだ。世界のグローバリズム化が進み、特定の人への富の集中は天文学的な数字になってしまった。私が子どもの頃、お金持ちとは「運転手付きの自動車」に乗っている人だったが、最近は自家用ジェット機に乗る人となり、日本のIT長者に至っては月ロケットを予約している。巨万の富が貯め込まれているより使ってもらった方が景気が良くなりそうで、冷めた拍手を送ろうと思う。ここまでくれば貧富の差も広がりすぎて嫉妬する気も起きそうにない。そして、悲しいことだが、これらの人達の努力を認めて尊敬し、子どもたちのお手本として指し示す気持ちも起きない。  一方貧者の定義も難しい。かつては欠食児童という言葉があったが、今や死語となった。今では年収360万円以下の世帯が給食費の無償化の対象となっている。これを貧しいとはいいにくい。むしろ、住所が不定や、外国人など住民票がなく福祉の対象から漏れている人たちなどが、社会から黙殺されることが心配である。  もはや、金持ちと貧者の所得を比較して、所得の再分配という概念は意味を持たないのかもしれない。  これからは、相対ではなく絶対的な貧困層を見出し強力な助け手をさしのべるべきだろう。(社会を安定させるため)さらに絶対多数の人たち(相対的貧困層)に広く富を分配し、消費を促すことが求められるのだろう。(景気を刺激して安定したインフレ率を保つため)  特定の大金持ち達がお金を貯め込むのなら、それに負けないだけのお金を印刷して、相対的な価値を減らしてしまう方が近道のようだ。イエスさまの時代とはマクロ経済が変わってしまったということだろう。 悩ましいものだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA