10月20日「天国に市民権を持つもの」

 新約聖書の中で「市民権」といえば、ローマ帝国市民権を指します。伝道者パウロがローマ市民権所有者であり、ローマ帝国内を自由に往来して宣教したことは有名な話しです。ローマ市民権を持つものが、強盗にでも襲われた時は、「ローマ人を攻撃するものはローマ帝国を攻撃したと認められる」としてローマ軍が襲いかかり犯人をやっつけていました。ローマ世界ではローマ市民権所有者は国家によって守られた存在であった。ここから類推すると、「天国に市民権を持つもの」は、「いつでも何処でも神さまに守られているもの」を意味し、必ずしもローマ市民権を持っていなくても大丈夫ということを意味したと想像される。(古代社会において)さらに、必ずしもローマ市民権を持っていなくても、という条件は、奴隷や属国民など「すべての民」を内包しています。これはとてもラッキーというものでしょう。  ところが、聖書のテキストはちょっと厳しい。士師記ではせっかく集まった兵士達に、様々な条件を加えて数を減らしている。(天国に入るのは難しそう)ヘブライ書ではイスラエルの歴史的な偉人の苦労話が続き、その人達よりあなたたちが幸せといっています。(苦労話が悲惨すぎて…)ルカ福音書では与えられた資本を10倍にして返さないといけないみたいだし(そんな商売が一体どこに?)という厳しいばかりのお話しです。 こんな厳しい条件を付けられたら、守ってもらえないのじゃないかと心配になります。 ということで、この世での苦労は絶えません。でも、安心してください。皆さんもれなく天国(来世)は保障されていますよ。ということになるのでしょうか。  この話にあまり興味のわかないあなたは、現代に生きる人です。経済が豊かになり、この世での苦労が減っています。この世に満足する人は、来世への期待は薄くなるということでしょうね。

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