11月22日「救いの約束(モーセ)」

 本日の主題は「救いの約束(モーセ)」です。創世記に登場する族長はアブラハム、イサク、ヤコブと続きます。ヤコブの子どもヨセフが紆余曲折の末エジプトの宰相として一族をエジプトに招き入れます。そこから数世代を経て、ヨセフのことを知らないエジプトの王ファラオがイスラエルの民を迫害します。アブラハムに救いの約束をした神さまが昔の約束を果たすために選んだのがモーセです。ですから、神さまが救いの約束を交わしたのはアブラハムです。その約束が果たされたのがモーセという筋書きになっています。  出エジプト記を丁寧に読むと、3章で神さまはご自身をモーセに対して自己紹介しています。神学的にこの自己開示は興味深い(I am who I amなど)ところもあります。しかし、お話の筋としてはモーセを始めイスラエルの全部族は神さまの存在自体を忘れていたので、神さまが苛つきながら自己紹介をしなければならなくなり、内心ほくそ笑んでしまいます。  信仰的な指導として、「神さまは約束を必ず守ってくださる。」とお勧めするべきところですが、不信心な私は「全部族が忘れた頃にやってこられても‥」と、ついつい思ってしまいます。 もっとも、現実のイスラエルの民が国を失ったのが紀元90年でした。再建したのが1948年です。ですから、神さまの時間を人間の物差しで測ってはいけない。ということも踏まえて理解するところでしょう。  とにかく神様は約束を守ってくださる。たとえそれが、なんだかなと思える時間単位であってもです。さらに、信教の自由が守られ、私たちが迫害を受けることがなくなったのは、ほんの200年ほどに満たないことでしかありません。絶望的な時期をキリスト教は何度も何度も乗り越えてきました。必ず救いは来る。その約束は守られてきた。だから私たちは安心できるのだと、改めて思いを深めましょう。 

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