7月19日「復活の希望」

本日の主題は「復活の希望」である。聖書には復活またはよみがえりの記述が多数存在する。この世の常識からすると「死者はよみがえらない」ものである。聖書も同じ立場をとっている。ただ、人には決してできないことが、天地の造り主なる神様だからできるという立場をとっているために、「よみがえり」も神様の力が発動した証拠とされる。 さて、現代でもこの世での復活を信じる人たちがいる。この場合、埋葬は土葬となる。中国の故事にも「死者に鞭を打つ」という表現があるが、キリスト教圏でも復活を妨げる刑罰として実在していた。ただ、火葬を前提とする日本とは感覚が異なってくるので、配慮をしながら「復活の希望」について考えたい。 死後の世界観については、民族・文化その他の習慣等様々である。大きく分けると、復活の希望とは人が死んでも魂は永遠に残ると考えている人たちにとって重要な話となる。人が死ぬとすべてが無に帰すと考えている人たちには、意味が無いのだろう。というか、自分の死後はすべてが無に帰すと知りながら、安定して最後を迎えるのは、よほどの人格者に限られるだろう。そして、残った魂に肉体が現実的にによみがえるか否かを問えば、実証できない分議論ばかりが白熱し、使徒言行録のように騒ぎが大きくなる。 復活の希望とは、科学的にどうとかいう事柄ではない。自分の人生に意味のあることを知り、自分の魂に行き場所があることを知ることだと思う。そして、なんとなく安心して過ごすのが最良の道だと思う。  

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