7月11日「生活の刷新」

 キリスト教が始まって、最初のクリスチャンたちは、従来のユダヤ教から生活が一新しました。ユダヤ教から分離したキリスト教は、ローマ世界では新宗教であり、ユダヤ教から追い出されてもいたので、必然的に伝道していく宗教に変わりました。 ちなみにユダヤ教とイスラム教は、伝道をしない宗教です。伝道しないでどうやって広げるのか?そこでは、子どもを信仰に導くのは親の責任と説かれています。そして、代々と子どもが増えれば信徒が増えると考えてきました。 それはそれで問題も指摘されています。例えば、自分たちでコミュニティーをつくって、地域の住民と交わらないため、トラブルの要因となったりします。今日も○○人街をつくってトラブルを起こしています。がしかし、今日の日本キリスト教団の教会では、子どもたちにきちんと信仰を伝えることが大切だよと考えるきっかけにはなるでしょう。 そこで、本日の聖書箇所ですが、従来の家の宗教からの脱却を目指した聖書が選ばれています。  エレミヤ書では、自らの行いを正すよう求められます。伝統に則って「主の神殿」と唱えているだけでは足りないということです。  使徒言行録では伝統に則っているはずの、ユダヤ教の祈祷師たちが批判されています。つまり、イエスの神パウロの神が御利益をもたらすとなっています。  福音書でも、日頃の行い、特に、隣人愛の実践がすすめられています。  いずれも、伝統的な信仰、たぶん日本文化でいうところの「お参り」に対しての「御利益」は批判的に、生活を刷新して、教えに従う生き方が求められているようです。

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