7月4日「祈り」

 「祈り」という主題が与えられました。信仰生活の中でもとっても大切なことです。 まずは、ソロモン王が神殿を建てたときの祈りが紹介されています。祈りは神さまとの対話です。そこでは、神さまを大きな存在として褒め称えます。次いで自分自身を小さな者として謙遜します。そして祈りの内容です。1テモテに要約されています。「願いと祈りと執り成しと感謝」と揚げられています。全くその通りです。 イスラエルの民は時代によって大きく立場が異なり、そのことが祈りの背景に影響を与えています。背景として気づくのは、ソロモンは独立国の王として(主権者)として祈っています。1テモテでは、ローマ帝国の属国の民なので主権者への気遣いが見られます。「王たちやすべての高官のためにもささげなさい。」聖書は正直ですね。 いろいろと思わされるのは、福音書の「裁くな」の記述です。これと「祈り」との関わりについてです。「祈り」という行為ですが、相手の幸福を願って祈ると「祝福」となり、不幸を願うと「呪い」となります。だから、人を裁く思いで祈ると呪いをかけてしまうのです。さらに、この行為は危険で反動が帰ってくることもあります。これが、「自分の裁く裁きで裁かれる」ことになってしまいます。だから、そのような危険な行為を避けて、祝福だけにしましょうというお勧めです。 まれに、自分にそのつもりがなかったとしても、間違って呪ってしまうこともあるでしょう。幸い、私たちの神さまは意思のある存在なので、そこで調節してくださいます。 まあ、それも神さまに手間をかけますので公の席では「祈祷文」を用いて、失敗のないようにしています。

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