4月3日「十字架の勝利」

 イエスさまは十字架刑に処せられました。これはローマ帝国の法に則った裁きです。さらに、その罪状書きには「ユダヤ人の王」と記されたとあります。つまり、ローマ帝国に逆らった政治犯という扱いになります。もちろんこれはとても不名誉なことです。 その後、復活の主が表れ、神の御子だと理解されるにつれ、十字架の意味が変わってきました。十字架上のみ苦しみが全人類の罪の贖うためのものだったのです。政治犯としての不名誉が全人類の救済へとその意味が全く異なるところへと、大転換を遂げました。 ここら当たりが「十字架上の勝利」の意味となります。 改めて見直したところ、意味内容の飛躍があまりにも甚だしくて、論旨の展開についてはいけない感はあります。だからでしょうか、十字架については神学的な意味「罪」ばかり語られるようです。 現実的な政治犯としての十字架刑から信仰的な全人類の救済へと、何をどうすれば変わり得たのか、学術的な興味はつきないところですが、神さまが直接に入れ知恵したのでしょう。 そこはともかく、全く罪のない人が十字架にかけられるのですから、誤解もあったでしょう。受難の記事でイエスさまが追い込まれる姿には、人間のドロドロした部分が描かれています。丁寧に聖書を読むと、なるほどと思わされます。

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