4月17日「キリストの復活」

イースターおめでとうございます。今年はマルコ福音書から復活の記事を読みます。これは意識をして初めてわかることですが、主の最後の一週間は、時系列がとてもしっかりとしています。マルコ福音書は最古の福音書で紀元60年頃に書かれたと言われます。時系列や数字がしっかりとして矛盾がないということはそれだけ信頼できる記述だといえるでしょう。ユダヤ教(イスラム教も)のルールに従って一日を日没から日没へと区切っています。 復活までの三日間は緻密に描かれています。金曜日に十字架にかかり、日没から安息日が始まりますので、午後三時の死亡確認後、大慌てで埋葬されます。日没後の安息日には何も動きません。土曜日の日没後(安息日終了)、女たちは主を葬るための香油を買います。翌朝早くに空の墓が発見されます。日本の暦では、金曜日の二日後が日曜日となりますので、三日の後という謎がクリアになりました。信憑性が上がります。 次いで、空の墓が示され、それを見た女たちが怯えて黙っていたとの記述があります。確かにそうだろうなという説得力があります。死んだと確信していた人間が、跡形もなく消えていたのですから、恐ろしいことで人には言えません。 と、マルコ福音書はとてもしっかりと描かれています。これが最初のキリスト者になるのだから、まだいくつかの段階が合ったのだろうと思います。後代の人たちが「そんな馬鹿な」といってその意見に抗するために「実はこんな……」と話が広がったかもしれません。もしくは復活の主はさまざまな人のところにさまざまな形で表れています。マルコの知らないお話しがルカやマタイで加えられたとか、マルコ福音書に加筆がなされた可能性もあります。いろいろ思いますが、空の墓を見て素直に「主が復活なされた」と喜ぶ姿に価値はあると思う。 不謹慎な表現ですが、科学的に検証された、間違いのない「復活」は、考えられません。人知の及ぶ化学では証明の使用がない、一回キリ(再現不可能)の神の御業としての復活がありました。の方が

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