6月12日「神の子とする霊」

 本日は三位一体主日です。私たちは教理・教義として「三位一体の神」を学びます。ところが、神学部で教理史を学びますと、ここに落ち着くまでにたくさんの議論が合ったことを知らされます。中には犠牲者まで出た(論争に負けた教派が追い出される)ことを知らされますので、この話題(三位一体論)はぶり返さない方が賢明だと知りました。この前提で話を進めます。本日は、父なる神は既知の事実であり、子なるキリストは復活によって神格を得ました。最後の聖霊様が大切だよということを確認する日です。 聖書のテキストからすると、イエスさまは聖霊によって宿り、洗礼を受けたときにも聖霊を受けています。人間イエス+聖霊で、神の御子となりました。使徒(キリストの弟子で特に選ばれたもの)たちも、ペンテコステの日に聖霊を受けて特別な存在となりました。この事件以降の私たちクリスチャンも聖霊を受けることで神の子となり永遠の命を継ぐものとなります。よろこばしいことですね。 理系出身の私にとっては、唯一の全能の神様は、確かにいると思われます。なぜなら、世界の秩序が守られていることが次々と証明されるからです。最近、はやぶさ2が採取した砂から、アミノ酸(タンパク質の材料)が発見されました。地球上で生命体を生み出した神のみ業が全宇宙的に(少なくとも太陽系全般)等しく行われていることが証明されました。もしたくさんの神様がいたら(多神教が真理ならば)、すべてが(神様の種類だけ)バラバラのはずです。例えば、HGウエルズの描いたたこ型火星人のように。ところが、全世界を探しても、全宇宙(太陽系)を調べても、この体系から逃れる生命活動も物理法則も見いだせません。何かしらが見つかるまでは、たった一人の神様がすべてを総ておられるという仮説が最も合理的です。 多神教にしろ一神教にしろ、この類いの神的な存在を否定するなら、すべては偶然の産物、何もかもが運次第となってしまいます。人類の存在はとんでもない低い確率の幸運の産物となってしまいます。そのような薄っぺらな物のうえに私たちが立っているとしたら怖くて落ち着けません。 やはり何かしら偉大な存在があります。(Something great) 科学的にはそこまでですが、信仰的にはそのような偉大な存在が、時折、私たちにかまってくださいます。もちろん自身の作られた秩序(法則)は守られたままですが、それでも、理論的に確率無限小の幸運がやってきます。聖霊様のお働きです。素直に感謝することですね。

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