6月5日「聖霊の賜物」

  本日は、ペンテコステです。天に昇られたイエスさまが、聖霊様として現れ、みんなに元気を与えたことを記念する日です。 聖書の記述を分析すると。イエスさまは政治犯として十字架にかけられました。弟子たちは、自分たちに累が及ぶことを危惧して隠れて暮らしていました。ところがこの日を境に、伝道の業を元気に行うようになりました。その元気の素は聖霊様です。大音響と共に現れ、燃える舌のような形で使徒たちの頭上で輝きます。すると使徒たちは、世界中の言葉で語り始めました。ということになります。  具体的な内容はともかく、弟子たちがえん罪を恐れてどこかに隠れて潜んでいたことは想像できます。そこに何かしら不思議な力が働いて、宣教に励むようになったのでしょう。 不思議な力で人間が元気になるというお話しはよく聞きます。私たちも何かをするとき、内面からモチベーションが沸いてくる感じがします。これは誰でも経験することでしょう。特に、クリエイティブな作業となると、内面から湧き出す力は必須です。  いつもは客観性と合理性を語る私ですが、内面から湧き出す力については、聖霊様のお働きとして素直に受け入れています。このような力は人為的に引き出すことは困難だからです。  こういった、不思議な力は歴史にも登場します。現在、北海道近代美術館で「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が開催中です。オランダは元々土地が少なく風車で排水して農地を広げてきました。貧しい土地です。宗教戦争のあおりで、フランスやスペインにいた新教徒(カルバン派)が故郷を追われ移住してきました。勤勉な彼らは産業を興し財をなし、それまでは王侯貴族のものだった芸術(絵画)の新しいスポンサーとなりました。これはプロテスタント神学が勤勉と蓄財を進めたからだと言ったのはマックスウエーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」です。私の目には、聖霊様のお働きの方が大きかったと私は思っています。

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