9月25日「奉仕する共同体」

 共同体とは教会のことで、目的語は神様です。神様に奉仕する教会について学びます。旧約聖書からは、ヨベルの年が選ばれた。7年に一度債務を帳消しにするというものです。これがはたして実現したのか、という点について可能だったのかは異論があります。それでも、考え方としては、全知全能の神は、イスラエルの民に対して十分な恵みを与えてくださっています。そこには借金をするものなどいないはず。例えいても貸し手にはそれを帳消しにできるだけの恵みが与えられているでしょ。つまり、「やればできるでしょ」ということだと思います。 パウロ書簡では「惜しまず与えなさい」という教えが出てきます。これは私が経験したことだが、他者や他教会への献金をすればするほど、実入りが増えるような気がしています。帳簿をつけたわけではないから厳密には言えませんが、それでも確かに「情けは人のためならず(巡り巡って自分に良いことが帰ってくる)」のはその通りだろうとおもいます。 最後にナルドの香油が紹介されます。元統一教会の多額の献金が社会問題にされているので、言いづらい側面もあります。それでも、主に献げられた献金にクレームをつけてはいけないと信じます。価値を見いだすのも、額を定めるのも、献げる当人の自由意志でしょう。気が済むまで見守るのが正しい対処でしょう。確かに、家族の共有財産とか、遺産をあてこんでいるとか、いろいろと耳にすることがもあります。そこは家族でよく話して欲しいと思います。

 それでも、なんでも教会は神様の栄光を表すところです。例え現実には厳しくとも、そこは知恵を絞って豊かに見せましょう。万に一つも、「お金がないから」とは、口にしてはいけません。

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